官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました

 なんて口では言っていても、きっと社交辞令だろう。そう思っていた。しかし、私の予想を裏切り、時田さんは時折、店に顔を見せるようになった。

 最初の時のように閉店間際に訪れることが多いけれど、平日の昼間に顔を出すこともある。その時は決まって、どこかに車を停めて歩いて来る。近くで仕事があって、そのついでに立ち寄ってくれているらしい。

 店を閉める頃になると、そわそわと落ち着かなくなるようになったのはいつからだろう。店の前を車が通過する音がするたび、ドキッとする。いつの間にか私は、時田さんの来訪を待ちわびるようになっていた。


 だいぶ冷え込みが厳しくなった十一月の宵の口。およそ一週間ぶりに時田さんが顔を見せた。

「こんばんは」

「時田さん! いらっしゃいませ」

 自分でも、声が弾んでいるのがわかる。

「今日はどうなさいました?」

 急に恥ずかしくなって、冷静な店員の声を装った。

「お世話になった取引先の方が結婚退職することになったんだ。花束を贈ろうと思って、その相談に」

「そうなんですね。いつもありがとうございます」

 彼が勤める職場に人の出入りがあった時や、得意先へのちょっとした手土産、お見舞いや同僚へのプレゼント。よくもまあこうも花を贈る機会があるものだとも思ったけれど、彼がマメな人なのかもしれない。何かと頼ってもらえることが嬉しくて、注文を受ける度、私は気合を入れてアレンジをした。

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