官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
「美海さん、僕は」

 彼が何かを告げようとしたその時、静寂を切り裂くような鋭さで店の電話が鳴った。我に返り、視線を逸らす。

「あの……、私電話に出て来ますね」

 電話の音は、外で作業をしていても聞こえるようにと最大にしてある。私はパッと席を立ち、早く出てくれと急き立てるように鳴る電話の受話器を取った。

「お電話ありがとうございます。アトリエ・ラパンでございます」

 電話は、この近所で華道の師範をしている女性からで、すでに受けていた注文に変更が生じたという内容だった。手早く確認を済ませ、受話器を置く。テーブルに戻ると、時田さんはすでにコートを着込んでいた。

「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、いつも長居してしまってすみません。……ここは居心地がいいから」

 ――嬉しい。彼の言葉に、つい頬が緩んでしまいそうになる。グッと堪え、店の外に出る時田さんの後を追った。

「では金曜日の十七時にお届けですね」

「よろしくお願いします」

「ありがとうございました」

 一度は車に乗り込もうとした時田さんが、ドアを閉めて私の元へ駆け寄ってきた。

< 35 / 226 >

この作品をシェア

pagetop