官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
「瑞季さんの夢、絶対叶えてくださいね」

「ありがとうございます。店長も、元気な赤ちゃんを産んでくださいね。連絡待ってますから」

 瑞季さんはずっと私とお腹の赤ちゃんのことを心配してくれていたけれど、私は、こっちにいる親戚のところにお世話になると嘘をついた。子供もまだ小さくて職場も変わってしまう瑞季さんに、これ以上心配や負担をかけるのが嫌だったのだ。

 瑞季さんとは、笑顔で別れた。最後の最後まで涙は見せないと踏ん張った。

 でも、ピンと張り詰めていた糸は、別れと共に切れてしまった。

 
ふらふらの体で、ラパンを出た。疲労はピークで、今にも崩れ落ちそうな体をなんとか引きずり歩いた。

 ひとりきりで暗い夜道を歩いていると、心を不安が支配していく。通常の業務と閉店作業をこなすのに必死で、この後のことは何も決まっていない。

 当面は、今までの蓄えや今回の退職金なんかでなんとかやっていける。でも、子供を産んだ後は? 生まれたばかりの子を抱えて、本当に職探しなんてできるのだろうか。

 こんなこと今から考えたって仕方ない。人ひとりを育てるのだ。悩む暇があったら行動しなきゃ。

 わかっていても、不安はどんどん大きくなる。

「……うっ、ひっく……」

 外灯がぽつんと照らす静かな道の真ん中で、堪えきれずついに私はぽろぽろと涙を流した。

 心は痛いほど、貴裕さんを求めている。あの優しい声で「大丈夫だよ」って言って、抱きしめて欲しかった。

 ……今だけ、こんなふうに泣くのは今だけだ。明日からは、お腹の子のためにまた強い私になる。

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