官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
「お邪魔します」

「いらっしゃい」

 貴裕さんが泊まっている二階の藤の間は、海側に面した部屋だ。私が訪ねた時、貴裕さんは冷房の効いた部屋でほんの少し窓を開けて、波の音を聞いていた。

「海が珍しい?」

 都会の、ビルに囲まれた場所ばかりにいたら、きっとここの景色は新鮮に違いない。

「波の音を聞いていると落ち着くんだ」

「そうなんだ」

「でも同時に、苦しくもなる」

「……どうして?」

 貴裕さんは陰りのある表情で私を見つめた後、「君を思い出すから」とぽつりと言った。その表情に胸を掴まれる。私がいなくなったことを、貴裕さんはどう受け止めていたんだろう……。


「最後に会った日、俺は君にメモを残してただろう」

「ええ」

 そのメモなら、実は今でも大事に取ってある。貴裕さん存在を感じることができる、唯一のものだったから。忘れなきゃと思っていたけれど、私にはどうしても捨てることはできなかった。

「あれを書いた時に、美海の名前の由来を知りたいと思ったんだ。あの日は聞きそびれたけど、俺達にはこれからたくさん時間がある。いつでも聞けるからまあいいかって思ってた」

 あの時はふたりとも、ようやく想いが通じて幸せのただ中にいた。それきり会わなくなるなんて考えもしなかった。

 当たり前だけれど、つらいのは私だけじゃなかったのだ。……それなのにいきなりいなくなるなんて、私は本当にひどいことをした。

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