官能一夜に溺れたら、極上愛の証を授かりました
「……わかったわ。でも、ひとつお願いがあるの」

「何だ?」

「貴斗にはまだ、あなたが父親だって言わないでほしいの」

「……それは、どうして?」

 貴裕さんからしたら、一刻でも早く自分が父親だと告げて、貴斗を思いっきり抱きしめたいだろう。でも貴斗はまだ二歳。父親というものがどういうものかわかっているかも怪しいし、貴斗から見て、貴裕さんはたくさんいるひぐらし荘のお客さんのひとりにすぎない。

「勝手なことを言ってごめんなさい。でも、貴斗を混乱させたくないの」

「……わかったよ。俺だって貴斗に負担をかけたいわけじゃない」

「ありがとう」

 貴裕さんが、貴斗のことを優先して考えてくれる人でよかった。安心して、ホッと息を吐く。

「それじゃあ、今日はよろしくお願いします。貴斗を呼んでいい?」

「いや、俺から行くよ」

 貴裕さんは食堂から外へ出ると、素子さんと貴斗がいる物干し台のところへと走って行った。

 私のいる場所からは、貴裕さんに向かってしきりに頭を下げる素子さんと、貴斗を抱き上げる貴裕さんの姿が見える。その光景がなんだかとても微笑ましくて、それでいて私は胸が痛くなった。

 貴裕さんの言う通り、本当なら家族三人揃って過ごすのが一番自然なことだ。貴斗のことを考えたら、貴裕さんについていくのが正解なんだろう。

< 95 / 226 >

この作品をシェア

pagetop