13番目の恋人
 その週、後悔したくせに、彼女からの連絡を待つ自分がいた。
 
「何ですか、スマホばかり見て」大宮にそう言われる始末。
「いや、ちょっとね。仕事で返事待ちのが……」
 プライベート用のスマホを持って、何言ってんだ。大宮も不審な顔だ。
 
 とうとう、俺から連絡することになった。年甲斐もなく、声が聞きたい、なんてそんな理由で。
 
 ──週末の約束は手土産にN.(うち)の商品。petits fours(プティフルール)を持っていった。
 
 彼女はうちのQuatre quart《キャトルカール》を好きだと言った。それに嬉しくならないはずはなかった。定番でシンプルに作られたそれは、シンプルだからこそ味わい深く、うちの創業から続く看板商品だ。大正創業のうちの店は、ここから始まったと言っても過言ではない。
 
 小さなラウンドテーブルを嬉しそうに、撫でて、円だからこそ、ここに生まれる、近い距離が好きだと言った。社会人になるまで過ごした実家のテーブルでは、家族皆が揃って食事をしたけれど、テーブルが大きくて、少しさみしかったと。そう話した。祖父母、両親、姉兄、そして彼女。家族仲の良さに愛されて育ったのがわかる。
 
< 162 / 219 >

この作品をシェア

pagetop