13番目の恋人
 忙しすぎて、当の本人と会う時間が全くない。
 だけど、仕方がないなんてどこかで思っていたのかもしれない。彼女の為に尽力していると俺の方は自覚があったからだ。
 
 遅くなった仕事帰り、彼女と大宮が店から出てくるのが見えた。楽しそうに笑う彼女は……俺といる時よりも、彼といる時の方が自然に笑っていたかもしれない。酒も、飲んだのだろうか。
 
 彼女の方は何も知らないのだから……待つだけなんて辛いものだったのだろう。彼女の為に動いているのに、彼女を蔑ろにするなんて。それより何より、俺が我慢出来なかった。強い焦燥感。彼女がどこか俺以外のところへ行ってしまうのではないかと。
 
 結婚するまでは……なんて、俊彦の言いつけを律儀に、守っているわけではなかった。俺が、大切にしたかった。
 
 その日、初めて彼女を俺の家に待たせた。
 俺のマンションを見て、目の色を変える女性も少なくなかった。留守中に待たせておくと悪びれる事もなく勝手に部屋を詮索された。“恋人”なら当然の権利だとでも言うように。
 
 彼女は、何もせずにソファに、ちょこんと座って待っていた。
 彼女の育った環境的に、マンションのこんな広さなど気にならないのか……親がよく言った、似たような環境で育った相手というのはこういうことかと理解した。彼女は俺の……素性になど興味がないのだ。
 ただ、好きでいてくれる。
 
 自分の家の和菓子を手土産に持ってきた彼女にも好感が持てた。自分の家族と、その生い立ち、全てを愛し、大切にしている。彼女は、大切にされただけではなく、大切にもしているのだ。
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