13番目の恋人
 打ち合わせ通り、挨拶をすると
「そろそろ身を固めたいと友人に話したところ、ぴったりの女性がいらしゃるとお聞きして、ですが、こちらを拝見すると僕の方が力不足のようで、恐縮なのですが……」
 
「はは、何を言うんだよ、こちらの野崎さんは俺と同い年だが、N.後継者なんだ。つまり、創業者のご子息だ」
 
「まあ! あなた、昔よく行ったパーラー! そこのバターたっぷりのケーキを、ねえ、覚えてらっしゃる?」祖母が祖父へと話しかける。祖父は、静かに頷く。
「パウンドケーキですかね、うちではキャトルカール……シンプルな卵のケーキです」
「そうそう! 今も変わらずあるのかしら」
「ええ、今も。うちの看板菓子です」
 
「古くからあるのだな」祖父が口を開く。
「起こりは明治からと聞いています。創業したのは大正の初めです」
「洋菓子といえば、文明開化後か。ここまで続いているのは、努力なさったのだろう」
 
「どうぞ」姉だという人が、謂れのある上生菓子と緑茶を出してくれる。
 福寿草を形取ったもの……だろうか。睦月という名の美しいものだ。
「綺麗ですね」そう言うと
「主人が、作りました」と、照れ臭そうにおっしゃった。
 そうか、この人は、俊彦ではなく、職人と結婚されたのか。
 
「ねえ、大正ロマンみたいね。日本に西洋の文化が入ってきて……うちの和菓子に洋菓子が入ってくるのかしら」祖母が柔らかく目を細めた。
 
「素敵なご縁だわ」と。
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