13番目の恋人
自分の目で見るまで信じられなかった。

街で偶然見かけた彼女は、いつもと違う装いで、俺の知らない友人と会っていた。
俺の知らない顔で、彼女は言った。
「やっと、ここまで来たわ。ただのぼっちゃんかと思ったら手強いのなんのって。ああ、でも、彼の父親が死んでくれたら、全部私の物になるのかと思ったら、浮かれちゃう」
見たことのないようなとびきりの笑顔で、俺の父親が死んだ時の話をする彼女に、血の気が引く。

本当の彼女を、見ていなかった。何にやけを起こしていたのだろうか。彼女への熱、それは……親への、自由へのただの代替えだったのか。

冷静になれた。親が意味なく反対をしたのではないということに、気づけた。
「あの人も、今のあなたのように誰かに夢中になっていたのかしらね」
そう言った母親は少し悲しげで、もちろん父は母を愛していると思う。それでも、今もなお、こうやって母親にとって気分の良くない不安要素になるのだとしたら『若気の至り』のしわ寄せはずいぶんと深く、長い。

彼女と別れるのは一筋縄ではいかなかったけれど、結婚と恋愛は別だといつしか思うようになった。結婚出来ないと伝えても、それでもいいという女性を恋人にしても、いつしか“結婚”を口に出されるようになる。

恋人も必要ない。しばらく結婚もしたくない。いつまでもしないわけにはいかないのだが、家族や俺を知る友人の間でしばらくは腫れ物扱いなのは都合が良かった。

結婚は、いつか……するつもりだった。
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