新人メイドと引きこもり令嬢 ―２つの姿で過ごす、２つの物語―

　執事はノックをしてから、中に向かって声を掛ける。

「御主人様、候補の令嬢がいらっしゃいました」

　ややあって、部屋の中からは冷たい声が聞こえた。

「…通せ」

　中に通されると、薄暗い書斎の机の前には男が一人。
　娘からは顔が良く見えなかったが、男は部屋に入ってきた娘を一瞥したらしい。

「この娘か」

「…はい…っ…は、花嫁候補として参りました、リリシアと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします…」

　緊張した様子の娘を見て、男は冷たく笑った。

「…気の弱そうな…さあ、いつまで持つやら…？」

　主人の言葉に、執事は黙って少し下を向いた。

（…？）

「…御主人様、だ」

　突然主人に命ぜられる。

「え…あ、は、はい…？？」

「私の事は御主人様と呼ぶのだ。それから私に触れるな。特にお前のような金持ち、貴族の娘は吐き気がする…！」

「！？」

　彼女は愕然とした。
　花嫁候補として来たというのにこの態度。しかも令嬢嫌い。これでは一体何のための花嫁探しなのか分からない。

「さあ、連れて行け」

　執事は少々顔を歪めたあと頭を下げ、娘を連れて部屋を出た。

「…ご主人様は、私がお気に召さなかったのでしょうか…？」

　彼女は自らの前を行く執事に尋ねたが、彼は何も答えなかった。


「こちらへ…」

　娘が連れてこられたのは、主人の部屋からはそんなに離れていない一室。

「…素敵な部屋…！」

　普通の貴族の令嬢では物足りないであろう、少し質素な、しかし生活を送るには十分なものが揃った部屋。彼女は素直に喜んだ。

「あの…それで、私は明日から何をお手伝いすれば…？」