新人メイドと引きこもり令嬢 ―2つの姿で過ごす、2つの物語―
 自分の知らないところで、ここまでの騒ぎになっていたとは。これでは屋敷に迷惑が掛かるに決まっている。

「そんなメイドが有名になっては、一目見たいという貴族の方々がいらっしゃってもおかしくは無い…。これ以上私もフォローすることは…ですから、申し訳ありませんがお嬢様…。今までメイドとしてこの屋敷のためにして頂いていたのですが…」

 執事ももう何も言えない様子で頭を下げる。

「…わかり…ました…」

 娘はもう何も考えられなかった。
 役に立っている実感もまだ無いまま、自分のここでの存在意義すら掛けた“リン”を、もうやめなければならない。

(…もう、ご主人様に会う機会も無くなって…あんなに世話を見てくれたシェフにも、もう…。私は…居るだけのお飾りの令嬢だけに戻るの…)

 娘はその日、失意の為に部屋を出る気力を無くし、部屋にこもったまま一日が過ぎていった。

毎晩来ていた男も、この夜は姿を見せなかった。
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