娘は獣の腕の中
(お兄ちゃんが泣いてる…誰にも分からないように下を向いて……。辛そうで悲しそうで…きっとこのひとに痛い目に合わされたのが悲しいんだ…私に会いたいと…思っててくれたのかな……。酷い…!ただの獣なら私もこんなに思わなかったけど…言葉も通じたはずのこのひとに、お兄ちゃんは…!!)


娘は目が覚めると自分が寝ながら泣いていたのに気づいた。そしてそばには男を喰らったという、娘を穢した獣が眠っている。

(逃げなきゃ…!もしかしたらどこか、森の外にお兄ちゃんが逃げているかもしれない…!!)

娘はまだ痛い身体を引きずるように、そばにいる獣に気づかれないようそっと起き出し、近くにあった、男が着ていたであろう上着を身に着けて部屋を出た。
そして外への扉を音を立てないようにそっと開くが…

(え……)

家の外に、足が出ない。足がそこから動かないのだ。

(なにこれ……!?…じゃあ、裏庭は!?そこから外に出られるはず…!)

獣の眠る部屋の奥にある戸から、木々の隙間から光が差す裏庭に、またそっと出て、柵を出ようとすると、やはり壁に阻まれたように足が動かなかった。

(そんな……)

「言っただろう…家から出ることはできないと……」

獣はいつの間にか娘の後ろにいた。大好きな男が着ていたはずの下衣とマントを身に纏い、真剣な目で娘を見つめていた。

「どうしてこんなこと…!?私をここから出して…!お兄ちゃんを探すの!!」

「男はもういないと言ったはずだ!!この家にいるのも俺だけ!!お前は生涯を、俺を憎んだままこの家で暮らすんだ…!!逃げられない…助けも来ない…!!」

「どうして…どうしてお兄ちゃんを……私を……!」

娘は泣き崩れた。

「…恨むなら…あの男を恨め…。お前を愛していたあの男を……」

娘は力が抜けたまま獣に咥え上げられ部屋に戻された。

獣はどこからか持ってきた、調理された人間の食事を娘のそばに置いた。

「食え…。飢え死のうとしても無駄だ。死ぬことも出来ない…俺に殺される以外は……」

獣は部屋を出ていった。
< 3 / 18 >

この作品をシェア

pagetop