娘は獣の腕の中
次の朝、娘が起きると獣は家にいなかったが、男の家からはやはり出られないままだった。

(やっぱり逃げられないみたい…。お兄ちゃん、私に手紙を送ったときにはまだこの家にいたはず…あの獣は何者…?なんでこの家に…?なんでお兄ちゃんは食べようとして、私のことは食べないでいたぶるの……?)

娘は泣きたいのも耐え、前向きに考えようとした。

(そうだ…お兄ちゃんは生きてるかもしれないんだ…獣にどんな事情があるかわからないけど、あのひとを説得できたら帰ってこられるかもしれない…!)

「…じゃあまずは気持ちを切り替えるためにも、お兄ちゃんの家を片付けてあげなきゃ…!!」

娘は獣が帰ってきた夕暮れまで、男の家を片付け続けた。


「あ……」

「…家を掃除していたのか…?それに風呂も……」

「…お兄ちゃんの家ですから…」

それを聞いた獣は下を向いたまま呟いた。

「……お前……そんなことをしても…」

獣はいきなり娘を抱きしめ、顔を近づけてきた。

「っ…!?」

娘が驚いてすぐ顔をそむけると、獣は悲しげにまた下を向き、今度は低い声で言った。

「お前の愛する男はもういないんだ…!!二度とお前の前に現れることはない…!…獣に抱かれた娘を…誰が愛するものか…!!」

「そんな…」

娘は獣の冷たい言葉に、泣きながら男を思った。獣に穢された身を、愛する男はどう思うかを考えただけで、娘は悲しく、不安になった。

獣は黙って娘を抱きかかえ、昨晩のように後ろから抱きしめたままベッドに横になった。

「は、離して…!あなたなんか嫌い…!!お兄ちゃんを返して……」

「憎め…俺を好きなだけ憎めばいい…それでも…男は帰らない……」

「う…うぅ…」

「…ティ…ア……」

抱きしめられたまま泣いていた娘は、自分の名を聞いた気がして顔を上げた。

「…え…?」

しかしその晩、獣は眠りについたらしく何も言わなくなった。


その次の朝、娘のための食事が置いてあり、やはり獣は出かけたようだった。

(お兄ちゃん…私だけ生き残ってごめんなさい…獣に穢された私を嫌わないで……。もう一度、お兄ちゃんに会いたかった……)

娘は愛する男を想い、また一人で涙した。しかし、悲観的にばかりなっていては男が悲しむと思い、置いてある食事を少しでも食べることにした。
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