金魚鉢
「あ、危ないよ」

 優ちゃんはそう言って、私の肩を引き寄せた。

 そのとき、車が勢いよく私たちの側を走り抜けていった。

「あ、ありがとう」

 私の言葉に優ちゃんは微笑んで、私を歩道側へと導いた。
 優ちゃん自身は車道側に出て、私の手を優しく取る。

「こうしていれば、大丈夫だね」

「う、うん」

 あぁ、まただ。
 この違和感。

 優ちゃんが優しいことは分かっていたし。
 そこが魅力なのも知っている。

 最初はその優しさが素敵だと思っていた。
 ときめいた瞬間もあった。

 ……ううん、私、本当に彼の"優しさ"にときめいていたのかな。
 そのときめきは、ただの錯覚だったのかも。

 付き合っていく内に、私は彼の優しさに違和感を覚えるようになった。

 優しさは、行き過ぎると毒にもなるんだと知った。
 まるで、酸素みたいに。

 たぶん、彼の優しさはちょっとだけやりすぎなんだと思う。
 なんて不満は飲み込んで。

 私は幸せそうに笑ってみせた。
 引きつった笑顔にはならないように、気を付けて。

 優ちゃんとは同じクラスで、休み時間になる度、彼は私の席へとやってくる。
 そのおかげで、私たちは学校中の誰もが認める仲良しカップルになった。

 いや、正確にはなっちゃった、って言うべきなのかな。
 だって私はそんなこと、ちっとも望んでいなかったんだから。
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