金魚鉢
「……おーい、琴? 聞いてる??」


 ぼーっと付き合った当初のことを思い出していた私を、優ちゃんが現実に引き戻す。


「あ、ごめん」


「どうかした?」


「ううん、ちょっと付き合ったときのことを思い出していただけ」


 そう言って私が曖昧に笑っても、優ちゃんは嬉しそうに微笑むだけ。


 あぁ、胸やけがしそう。


 とは思っても、やっぱり胸の奥に留めて。

 ついで、優ちゃんの笑顔には何も返さずに、私は話を先へと進めることにした。


 だって、もし優ちゃんの笑顔に反応でもしようものなら、またまた胸やけを起こす事は必須だもん。


「それで? 何の話だったっけ」


「今度のデートの話。琴、どこか行きたいところある?」


「うーん、特にないかな。優ちゃんは?」


「琴の行きたいところならどこでも」


 ……ちょっと意趣返ししても、バチは当たらないよね。

 そう思った私は、相当疲れていたのかもしれない。


 優ちゃんに甘やかされる日々に。


「いつもそう言ってくれるけど、たまには優ちゃんに決めて欲しいな」


 だから、まさかそんな返事が来るとは思わなかったのだ。


「じゃあ、琴のお家に行きたいな。ほら、そろそろお兄さんにも挨拶したいし」


 優ちゃんは何の躊躇いもなくそう言った。


 自分から仕掛けておいて、私は背筋が凍った。

 兄のことを思い、何故だかぞっとしたのだ。


 あれ?

 もしかして、バチが当たったんじゃ……。


 そう思っても、もう遅い。

 自分から言いだした手前、私は優ちゃんの提案を受け入れるしかなかった。
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