君との子がほしい~エリート脳外科医とお見合い溺愛結婚~
病んでしまったと言っても過言ではない私の状態を見て、母は智志くんを訴えたらどうかと提案もした。
挙式の予定日に結婚を破棄され、向こうには別の女性も存在していた。
精神的苦痛も受けたのだから、訴えて当然だと言ったのだ。
しかし、私は首を縦には振れなかった。
そんなことをしても自分を追い詰めるだけの結果になると思ったし、もうこれ以上傷つきたくないという思いが一番にあった。
何より、智志くんの顔はもう見られない。
顔を合わせたら、自分の心がボロボロになって壊れてしまうと思ったから。
今はただ、時の流れに身をまかせ、静かに穏やかに毎日を繰り返し、負った傷を癒していくしかないと思っている。
いつか、『そんなこともあったね』と思えるようになるまではまだまだ時間がかかるけれど、そんな日が来ると信じたい。
テーブルを拭き上げていると、さっき閉めた入り口の引き戸が勢いよく開き「毎度―!」と賑やかな声が小さな店の中に響いた。
「あら、出水さん」
カウンターの向こうにいる母が入ってきた男性に声をかける。
やってきたのは、この近くで酒屋の個人商店を構える出水さん。
数年ほど前に代替わりをして、今は二代目の息子さんが切り盛りしている。