唇を濡らす冷めない熱
「それよりも! いいんですか、あの人たちをそのまま置いてきちゃって。もしさっきので篠根さんが逆恨みでもして、ある事無い事を話されでもしたら……!」
このままじゃ完全に梨ヶ瀬さんのペースになる、そう思った私は無理矢理話題を変えてしまうことにした。だって……これ以上は私の心臓が持ちそうにない。
それに篠根先輩や、他の女子社員が気になっていたのも本当の事だった。ああいうタイプは自分がしたことは棚に上げ、相手を悪く言うことを得意とするはずだから。
「心配ないよ。彼女の望み通り、その能力を十分生かせる場所に移動させてあげるつもりだしね」
「……それって、どういう? ま、まさか!」
うちの会社の別の部署には、仕事は出来るがとても人使いが荒くて有名な鬼課長がいる。その人のサポートについた人は三ヶ月で辞めてしまうという噂まで流れるほどに。
そんな彼が今、サポート役を探しているというのは誰でも知っていることだった。もちろん立候補するような強者はいなかったわけだが……
まさか、この人はそんな鬼部長のサポート役に篠根さんを推すつもりなのだろうか?
「そう、そのまさかだよ。彼女をこのまま君のそばに置いておいてもロクな事をしなさそうだしね、しっかり仕事に集中出来る環境に変えてあげようと思って」
そう言って微笑む梨ヶ瀬さんが悪魔のように見えた。この男を敵に回すような真似はしてはいけない、今すぐ回れ右してこの部屋から出てしまいたい。
そう思ったのに、ゆっくり近づいてくる梨ヶ瀬さんから逃げられない。