唇を濡らす冷めない熱
眞杉さんを一人置いてきたことは申し訳ないと思うが、今は梨ヶ瀬さんと話す気分じゃない。後ろを振り返る事も無く廊下をスタスタと歩いて階段を上りかけた、その時……
「ちょっと待ってよ、横井さん!」
聞きたくない声に、このまま無視して駆け上がろうかとも考える。さっきのミーテイングルームでの出来事だって、まだ自分の胸の中を騒がせているというのに。
こんなことがバレれば、梨ヶ瀬さんを調子に乗らせるだけで。いつも通り冷静な反応をできる自信が無いから、彼を避けようとしてる。
「……何ですか、食事くらいゆっくりしてきたらどうなんです?」
「ちょっとは二人にしてあげた方がいいでしょ? 奥手な鷹尾がどうするのか楽しみだし」
どう考えても後半が彼の本音でしょうね。二人がどんな状況になっているか少し心配になるが、これも鷹尾さんと眞杉さんにはいい機会だと思うことにした。
だからと言って梨ヶ瀬さんが私を追いかけてくる必要はないと思うのだけど。
「悪趣味ですね、梨ヶ瀬さん。私は貴方にだけは恋愛の協力を頼みたくはないですね」
「そうだね、頼まれてあげる気もないけど? 俺はそんなポジションにつく気はないし」
本当にやりにくい人だと思う。普通はこれだけ言えば諦めたりするんじゃないかって思うけれど、この人はそんな様子は見せない。