唇を濡らす冷めない熱


 目の前で微笑んだままの梨ヶ瀬(なしがせ)さん、彼は何と言った? 一度梨ヶ瀬さんを見つめて今度は男性に視線を移すと、すでに彼はキラキラと期待の眼差しを私に向けていて……

「協力なら梨ヶ瀬さんがいれば十分じゃないですか? 私は話を聞いただけでどう考えても無関係ですし」

「それがね、赴任してきたばかりの俺に出来る事なんてそれほどないんだ。横井(よこい)さんは眞杉(ますぎ)さんと仲も良いようだし、鷹尾(たかお)を助けると思ってね?」

 鷹尾さんという名の男性は梨ヶ瀬さんの隣で大きく頷いている。やめて、どんどん断りづらい状況を作られてるとしか思えない。

「ですが……」

「別にいいんだよ、断っても。だけど横井さんが眞杉さんと親しいと分かった以上、これからは《《遠慮なく》》君を巻き込ませてもらうから」

 それって脅迫じゃないの! とんでもない事を笑顔で言い出した梨ヶ瀬さんを前に、返す言葉も無かった。見かけの優しさなんて少しもあてにはならない。

「ね、お願い横井さん」

「お願いしますっ!横井さん」

 断ってもいいと言いながらその選択を与えないヘビのような男と、こちらの迷惑を考えずでかい声を出しながら頭を下げる男。
 ろくでもない二人に捕まってしまったような気がしてならない。

 だからと言って眞杉さんとの関りを無かった事にもしたくなくて、私は渋々ながらも梨ヶ瀬さんと共に鷹尾さんのために協力することになったのだった。


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