唇を濡らす冷めない熱
大きめの絆創膏を貼られて、手当てが終わり椅子から立ち上がろうとしたところで梨ヶ瀬さんに止められた。何かと思って座ったまま見上げてみれば、爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。
多くの女性が見惚れるはずの笑顔に私は嫌な予感しかしない、これを見た後はろくなことが起こらないと。
「何、ですか?」
「痛いよね? 俺が抱いて連れてってあげようと思って」
……今、なんて? 抱いて連れて行くって何のためにですか? ここで「はい」とでも返事をすればとんでもないことになる。
こんな人だらけの所でそんな恥ずかしい事されてたまるか!
「心配ないですよ、痛くも無いですしお姫様抱っこも必要ありません。上手くそういう事に持っていこうとしても無駄ですよ」
その手には乗りません、私だっていつまでも梨ヶ瀬さんの思い通りにはなりませんからね。そんな私たちのやり取りを従業員の男性はハラハラしたような顔で見ている。早くここから出ていかなければ彼の胃に穴が開くかもしれない。
「ふうん、横井さんはお姫様抱っこが好きなんだ?」
「な、違います! そんなこと言ってないでしょう、そうやって自分勝手な解釈をするのは止めてさい」
どうしてこの人はこうなのか、私は梨ヶ瀬さんを腕でどかして椅子から立ち上がり扉へと向かう。美形の男性にお礼を言うと、そのまま梨ヶ瀬さんを無視して先に外に出た。