唇を濡らす冷めない熱
「まあいいんだけどね、横井さんのそういう正直なところは見ていて面白いし?」
「はあ、そうですか。別に梨ヶ瀬さんのためにそうしてる訳ではないんですけどね」
むしろ嫌われようと取っている態度をそんな風に喜ばれても嬉しくもなんともない。やはりこの人はどこかズレた感覚の持ち主なんだろうな、なんて事を疲れた頭の中で思い浮かべていた。
いつの間にか梨ヶ瀬さんは私の身体を壁とその両腕で囲むようにして立っている、いったい何のために? そう思っていると……
「……横井さんはいつもこの時間に、この車両に乗っているの?」
何度も見たこの作り笑顔と笑わないその瞳、だけど何だか少し雰囲気が違って見える。背筋がひんやりとするような、なんとなく嫌な感じ。
「いえ、普段はもう少し早く帰路につくので」
「ふうん」と梨ヶ瀬さんは顎に手をやりなにやら考えているような仕草をするが、彼が何を言いたいのかさっぱり分からない。
「あの、梨ヶ瀬さん。私そろそろ……」
降りる駅なので、と言いかけたその時、フッと梨ヶ瀬さんが私の距離を縮めて耳元で囁いた。
「右斜め後ろ、さっきから君の事をジッと見ている緑のパーカーを着た男がいるけど……知り合いじゃないよね?」
「……え?」
なんのことか分からずゆっくりと目だけを動かしてその方向を確認してみる。
……知らない、見たことも無い男性だった。