唇を濡らす冷めない熱
「我儘ですね、私は見たくないかもしれないのに?」
こんな状況で甘い囁きを繰り返されて陥落しない女がいるのなら、その意志の強さを分けてもらいたい。それくらいには私も限界を迎えていた。
こうやって強気を装い返事をする事もこれ以上は無理な気がする。そんな私に対して梨ヶ瀬さんは攻撃の手を緩めようとはしない、今がチャンスとばかりに責め立ててくる。
「本当に? 麗奈は少しも素顔の俺を見たいとは思わない? 俺はもっといろんな麗奈の顔が見たいよ」
至近距離、耳元でそう囁かれて頭の中が煮えてしまいそうになる。色気のある声を最大限に利用する梨ヶ瀬さんに腹が立つのに腰は立たなくされそうで。
ええ、見たいですよ。梨ヶ瀬さんのまだ見たことのないいろんな顔を! でもね……絶対に教えない、その願いを貴方には。
「じゃあ見てあげます、どうぞ好きなだけ見せてください」
「……うわあ、そうくるんだ?」
見たいかと聞かれたから答えたのに、少し拗ねたような顔をする梨ヶ瀬さんがおかしい。きっと彼の計算ではここらで私がギブアップするとでも思ったのかもしれない。
そう簡単には、梨ヶ瀬さんの思い通りに運ばせてあげませんよ。
「ねえ、また伊藤さんと会うの?」
「そのつもりですけど、何か?」
急に伊藤さんの話になって戸惑ったが、梨ヶ瀬さんの目は真剣そのものだった。もしかしたら会って欲しくないと言いたいのかもしれないが、私も伊藤さんの紗綾への気持ちが分かるからそうはいかない。