唇を濡らす冷めない熱
「喫茶店の珈琲が飲みたい気分だったんですよ、もうここで話を済ませちゃっていいですよね?」
そう言ってチラリと紙袋に視線をやると、伊藤さんの返事も待たずに彼の正面の席に座る。用件は最初から分かっていたのだし、すぐに終わるにしても珈琲一杯くらいは付き合ってもらってもいいはず。
ウエイターを呼んで注文を済ませると、ゆっくりと伊藤さんの方へと視線を戻した。
「……それで、どうだった?」
「……何がです?」
いきなり意味の分からない質問をされて、私は首を傾げて見せる。どれが「それで」なのかも、何が「どうだった?」のかも全く分からない。
寝ぼけているのかと思ってグラスの水と一口含んだ私を見て、伊藤さんがニヤリと笑う。その悪戯っぽい笑みに嫌な予感がした。
「だから、梨ヶ瀬さんと何か進展はあったのかと聞いてるんだよ」
「ぶっ! ごほっ……ごほ!」
喉を通りかけていた水が思いきり器官に入り込んだ、むせて咳が止まらなくてとても苦しい。このタイミングを狙っていたのだと気付いた時には手遅れで、伊藤さんは楽しそうに笑っている。
やっぱりこの人って最低だ!
「この、よくも……ごほ、んん、げほっ! わざとですよね、今のは」
「面白いくらいに動揺したな、進展があったみたいで何よりだ」
なにが何よりなのよ! 伊藤さんの所為で結局私と梨ヶ瀬さんは……そう怒りを感じながらも、あの出来事を思い出して顔が段々熱くなる。
そんな私の変化に、伊藤さんは興味津々という表情でこっちを見てくるから堪らない。