唇を濡らす冷めない熱
「やっぱり梨ヶ瀬さんに余計な事を話したのは伊藤さんだったんですね? そのせいで私がどんな目にあったと……!」
さすがにキスまでで止まってくれたが、あれが病気でない時だったら最後まで押し切られていたかもしれない。そう思うと今更ながらにとんでもない状況だったのだと思い知らされた。
あの時、梨ヶ瀬さんは完全に男の顔をしていた、その迫力と色気に私はほとんど抵抗も出来なかったのだから。
「へえ、もしかして最後までいったとか?」
「ば、馬鹿なこと言わないで! そんな訳ないでしょ、伊藤さん全然悪かったと思ってないですよね?」
他人事だと思って茶化してくる伊藤さんを殴りたい気持ちを抑えて、思いきり睨んでみせる。この人の性格の悪さは分かっていたつもりだけど、やはり腹は立つ。
「……どうしてあんな余計な事をしたんです? 伊藤さんには私と梨ヶ瀬さんの事は関係ないでしょう」
「んー、なんでだろうな。お互い意識してんのに変に距離を取ろうとしてんのが、見ててもどかしかったからじゃないか?」
伊藤さんの言っている事は当たっている、それでも私には簡単に梨ヶ瀬さんを受け入れられない理由もあった。それも……結局は梨ヶ瀬さんに簡単に吹き飛ばされてしまったのだけど。
「見ていてもどかしいのは伊藤さんの恋なんじゃないですか? 紗綾の事をどれだけ想っても、彼女はもう伊藤さんの所には戻らないのに……」
傷付けたいわけじゃないのに、私の方が伊藤さんにお節介な事を言ってしまう。笑っていても伊藤さんはどこか寂しげな眼をしている事があったから。