唇を濡らす冷めない熱
笑わない、その瞳


「今日からこの部署の課長を務めさせていただくことになりました、梨ヶ瀬(なしがせ) 優磨(ゆうま)です。これからよろしくお願いします」

 大好きだった主任とその恋人の御堂(みどう)さんが本社に行ってしまって数週間後、空いていた課長の席に座る事になったのは本社から来た穏やかな雰囲気の優男だった。
 少し前まで課長代理を務めた御堂さんに負けず劣らずのイケメンで、早速若い女子社員たちの注目を集めているみたい。
 いつもの私なら、他の女子社員に混ざってはしゃいだりするところなんだけど、何故かそんな気にならない。

 ……どうしてだろ?

 背の高い所やパーマをかけた柔らかそうな茶髪、そして優し気な甘いマスク。その上課長となれば梨ヶ瀬さんは間違いなく将来有望な上司だというのに。
 朝礼と梨ヶ瀬さんの自己紹介が終わると、我先にと彼に群がる女の子達。何となくその後ろから様子を眺めていた、その時。

「……え?」

 一瞬、そうほんの一瞬だけ梨ヶ瀬さんと目が合ったのだ。女の子に囲まれ笑顔で対応していた彼が、私と目が合った瞬間だけその視線を鋭いものに変えてきた。
 その事に驚いて思わず一歩下がり、もう一度梨ヶ瀬さんを確認しても彼はもう私の方を見ようとはしなかった。

「なんなの? あの人は」

 睨まれる意味も分からないまま、その場に突っ立ってもいられなくて自分のデスクへと向かった。


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