唇を濡らす冷めない熱
消えない、その過去
「……ふうん、それで伊藤さんに彼氏のフリまでしてもらったんだ? 俺には風邪が治るまで部屋に来るな、とまで言っておきながら」
「そう言うことに、なりますね」
嫌味をたっぷりと含んだ梨ヶ瀬さんの言葉に流石にぐうの音も出ない。心配して何度もメッセージをくれた彼には部屋に来ないでと言ったのに、隠れて伊藤さんと会っていたのも事実だから。
疾しいことなど何もしていないし、梨ヶ瀬さんとは上司と部下の関係なのだから文句を言われる筋合いなんて無いはずなのに。
何だかんだと梨ヶ瀬さんに絆され、その独占欲を迷惑と感じなくなってる事が本当に厄介だ。
「それにしても、麗奈の周りにはどうしてこう次から次へと厄介な男ばっかりが……」
「すみませんね、面倒事を引き寄せてばかりの部下で」
貴方の所為で巻き込まれた女性社員の面倒事もありましたけれどね、と言いたいのをグッと堪えて謝った。あえて部下という言い方をしたのは小さな反抗でもあったのだけれど。
それを聞き逃さなかった梨ヶ瀬さんの目を細めた微笑みがとても怖いので、今すぐここから逃げ出したい。
「ストーカー男から始まり、何を考えてるのか分からない伊藤さん。その上、ヨリを戻したがってる元カレって……」
「いえ、元カレがヨリを戻したがってるのかは分かりませんが。というか、私的にはその厄介な男性の中に梨ヶ瀬さんの存在も入ってるんですけどね」
そうやって逃げ腰になりながらもしっかりと釘を刺しておくのは忘れないので、梨ヶ瀬さんに大きな溜息をつかれてしまった。