唇を濡らす冷めない熱
いつもならば顔は笑顔で目だけ笑っていないというパターンなのに、この時は違っていて。真っ直ぐに私を見つめる表情は真剣そのものだから、いつものように皮肉を込めた軽口で誤魔化すことも出来ない。
付き合ってもないのに梨ヶ瀬さんの過去の恋愛に嫉妬しました、なんて言える訳ないじゃない。どれだけ身勝手な感情なんだって、自分でも呆れそうなのに。
いままで梨ヶ瀬さんのアプローチを真面目に受け取らずに躱してきたのは私の方なのに、こんな気持ちになるなんて……
「全く、余裕なんて無いって何度言わせれば気が済むの? そういうのは麗奈が少しくらい俺の言動に振り回されるようになってから言ってくれる?」
「もう十分過ぎるくらい振り回されてますもん……」
どうして私が梨ヶ瀬さんの言動に振り回されてないと言い切れるのか、こっちの方が聞きたいくらいなんですけど。ミーハーなところはあるが恋愛経験は決して多い方ではない、そんな私がどれだけ焦ってるのか気付かない人ではないはずなのに。
「……え、それは冗談じゃなくて?」
本気で言ってるのだろうか? この状況、この距離で何故にそんな冗談を言う必要があるというのか。大体ずっと一方的に好意を押し付けてきたくせに、こっちが少しその気になったら戸惑うってどういう事よ?
「梨ヶ瀬さんがどうしても冗談で済ませて欲しいって言うのなら、そうしますけど?」
「いや、それは困る。でも、え……嘘?」
その様子がいつもの梨ヶ瀬さんらしくなくて、逆にこっちが悪い事を言った気分にさせられる。