唇を濡らす冷めない熱
これ以上この人の話を聞けば、こっちが振り回されるだけな気がする。私は梨ヶ瀬さんにペコリと頭を下げると「ありがとうございました」とだけ言って玄関の扉を閉めてしまう。
頭を下げたまま、これ以上は彼の顔を見ないようにして。
ドアに寄り掛かって耳を澄ましていると、ここから遠ざかっていく梨ヶ瀬さんの足音が聞こえた。その音が聞こえなくなってやっと私はホッと息をつく。
靴を脱いで鞄を置き、手洗いを済ませてお気に入りのソファーへと腰を下ろした。今日はなんだかんだで、いつもの倍は疲れたかもしれない。
さっさとお風呂を沸かそうとバスルームへ向かうと、鞄に入れたスマホが着信を知らせる。嫌な予感を感じて鞄からスマホを取り出し、そのディスプレイを確認するとそれは予想とは違う人物で……
「もしもし、伊藤さん? また私に電話なんてかけてきて、いったい何のようなんです?」
『……相変わらずだな、横井さんは。別にアンタに用なんてないよ、ただの暇つぶし』
嘘ばっかり、本当は元恋人である主任の事が今も気になってるんでしょう? そうやって彼女たちの事を私から聞き出そうとしてるって気付いてるんだからね。
伊藤さんは私の上司の元恋人で色々と揉め事を起こし会社を辞め、今は海外で働いているそうだ。ある日この人からメッセージが送られてきて、それからこうして何度か電話で話してる。
……本当にどうでもいいような内容の無い会話ばかりだけど。
『今日は出るのが遅かったな、いつも暇そうにしてるのに』
「おあいにく様、私もこう見えて結構忙しい身なんです。話し相手もいない伊藤さんの相手ばかりはしていられないんですよ」
それなりに容姿は整っている伊藤さん、日本では結構モテるタイプだったけど海外ではそうでもないのかしょっちゅう電話がかかってくる。