唇を濡らす冷めない熱
「余計な事にまで気付かなくていいです、伊藤さんのくせに」
「なんだよ、その言い方? 図星だからって俺にまで八つ当たりする気なのかよ」
もう、本当に感じ悪い人。伊藤さんも梨ヶ瀬さんとは違う厄介さがあるので出来れば相手したくないのに。そう思ってため息をつくと……
「話してみれば? 別に俺には関係ないから聞いてやるだけだけど」
まさかそんな言葉を伊藤さんから聞くことになるとは思ってなくて、驚いてスマホを落っことしそうになった。聞いてやるから話せ、なんて本当にこの人は伊藤さん?
「何か悪いものでも食べたんですか? 私と話している暇があるなら病院に行った方が……」
「……ああ、そうだな。真面目に話を聞こうと思った俺が馬鹿だった、じゃあな」
そう言って伊藤さんはあっさりと通話を切ってしまった。どうやら本当に心配して、話を聞こうとしてくれたのかもしれない。
あの人にそんな優しい一面があるなんて思いもしなかった。
「でも主任が好きになった人だから、きっといい所だってあるのよね」
私が持っていた悪い印象だけが伊藤さんの全てではない、その事にずっと気付かないでいたけど……私はスマホの画面をタップし「ありがとう」の一言だけを伊藤さんに送り、着替えを持つとバスルームへと向かった。