唇を濡らす冷めない熱
主任が抜けて、それなりに大変な仕事内容も増えたので一日が過ぎるのが早くなった。それでも彼女や御堂さんがいない日々は少しつまらないけれど……
そう言えば、と思いもう一度梨ヶ瀬さんを覗き見る。あの人も随分若い気がするけれど、やはり本社ではそれなりに仕事の出来る人だったのかしら?
チラリ……なんとなくチラリ。
もちろん気付くわけない、そう思ってたのにまた梨ヶ瀬さんと視線がぶつかった。その瞬間、梨ヶ瀬さんはふわりと私に向かって微笑んで見せた。
……微笑んでいる、そう思えたのは一瞬だった。
目が全く笑ってない、その瞳の奥は真っ黒で何を映しているのかもわからない。ゾッしているのに、私はそのまま目を逸らすことが出来ない。
梨ヶ瀬さんが女子社員に話しかけられその視線を外すと、私も再び書類へと目を向ける。
……あの人とはなるべく視線を合わせないようにしなきゃ。
梨ヶ瀬さんがこのオフィスに来たその日から、私の中で彼はここで一番の要注意人物になったのだった。
梨ヶ瀬さんに苦手意識を感じながらも、ここは職場で自分は社員として働いているのだからあまり不自然な態度はとりたくない。
一度冷静になって考えようと、キリの良い所まで仕事を終わらせてお手洗いに行くことにした。