唇を濡らす冷めない熱
「そうですか、じゃあ私に命令したい事とやらはもう決まってるんですか?」
勝ちを確信して仕掛けてきた勝負、そんなのインチキだと突っぱねる事も出来たのかもしれない。
だけどこの賭けを受けることにしたのは、誰でもない私自身。決めていた約束を守らないなんて、そんなことを出来る性格でもなかった。
きっと梨ヶ瀬さんには私のそんな性格も計算のうちだったのかもしれないけれど。
「うーん、いくつか候補はあるんだけど」
「命令出来るのは一つだけです、どうぞゆっくり考えててください」
そして忘れてくれればいいのに、この人はきっと忘れたりすることは無いんでしょうね。今考えている命令の候補を知りたいような、知りたくないような。
「じゃあ私はお先に失礼しますので」
ちょうど仕事を終えた所でもあったので、デスクの整理をしパソコンの電源を落とした。今日は早く帰れそうだし、この人からも離れたい。それなのに……
「ああ、じゃあ俺も一緒に帰るよ。そのまま少し待っててくれる?」
「はあ? いったい何のために?」
梨ヶ瀬さんは来たばかりとはいえ課長なのだから、私と同じ時間に帰って大丈夫なんだろうか? そんな必要は無いと言ったのに、彼はさっさとカバンを持って私の所へ戻ってくる。
「ストーカーの事、まだ解決してないってちゃんと分かってるよね?」
……ああ、そっちの問題もあった事をすっかり忘れてた。