唇を濡らす冷めない熱
「ねえねえ、メチャクチャカッコ良くない? 新しい課長の梨ヶ瀬さん!」
個室に入っていると後から来たのか数人の女子社員の話し声。少し興奮したような様子とその台詞に、つい耳を傾けてしまった。
多分話題になっているのは、私がこれからどんな風に接するべきかを悩んでいる相手で。せっかくなので彼女達の会話を聞いてみるのもいいかもしれない。
「いいよねえ、前の課長代理だった御堂さんとはまた違った魅力で」
「うん、どっちもすっごく素敵! 私なら絶対、梨ヶ瀬さんだけど」
ミーハーなのは私も同じはずなのに、どうしてか今回は彼女たちに同意する気にはなれない。個室のドアを開けて洗い場に立って話す彼女らの隣に立つ。
「私はそうは思わなかったけど? なんだか裏表あって、本性はろくでもなさそう」
「ええーー? 横井さんそれは厳しくない?」
私の意見はあまり聞き入れられず、彼女達はああでもないこうでもないとまた騒ぎ出した。もしかして梨ヶ瀬さんのあの視線に気付いてるのは私だけ?
だけど赴任してきたばかりの彼に私だけが睨まれる様な理由は思いつかない。モヤモヤした気持ちのままお手洗いを出ると、すぐ傍に噂の人である梨ヶ瀬さんの姿。
「俺ってそんな風に見えるんだねえ、横井さん?」
穏やかに微笑んでいるはずなのに全く感情の読めない梨ヶ瀬さんの瞳。不自然なのに目が離せない、このままでは何か危ない気がして……
「ただの女子の噂話です、失礼します!」
そう言ってこれ以上梨ヶ瀬さんと目を合わせないようにして、その場から走って逃げたのだった。