唇を濡らす冷めない熱
「そんなこと急に言われたって困ります。私だって一応女なんです、準備にだって時間がかかりますしそれに……上司の男性の部屋に住み込むだなんて」
女性に困るような容姿はしてないし、どこか裏のありそうな雰囲気の梨ヶ瀬さんが誰彼構わず手を出すとは思えないけど。
梨ヶ瀬さんにとっては大したことでなくても、男性との同棲経験もない私にはハードルが高すぎるの。
「必要な物は俺の車で往復すればいいことだし、部屋は余っているから横井さんが気にする必要はない」
いや、私が言いたいのは部屋の有無ではなくて……そう思ったけれど、何を言っても全て梨ヶ瀬さんに都合の言いように丸め込まれていきそうな気がする。
年上の梨ヶ瀬さんにとって、私を手玉に取ることぐらいなんて事はないのだろう。だからと言ってそんな簡単に彼の思い通りにはなってやる気はないつもりで……
「そういうのじゃなくて、私が梨ヶ瀬さんが苦手だから無理だって言ってるんです!」
「……へえ、苦手ってあのストーカーよりも?」
チラリと向けられた視線の先には今も私についてきてるストーカーの姿。ううう……こっちだって苦手に決まってるじゃない。
「どうする? 俺と一緒にマンションの部屋で安全に暮らすか、それとも自分の部屋であのストーカーに狙われながら過ごすか。どっちを選べばいいか分かるよね、麗奈?」
ず、狡い。この人はここぞという時に私を麗奈と呼ぶ、異性に呼びなれないこの名前を色気たっぷりに私の耳元で囁くのだ。
「分かりましたよっ! だから名前で呼ばないで」
こうやって私は梨ヶ瀬さんの思い通り、彼の部屋にしばらく住み込むことになってしまったのだった。