唇を濡らす冷めない熱
崩さない、その余裕
「ええ、それではこちらの署の方でも付近のパトロールを増やしてみますので」
「はい、すみませんがお願いします」
あの後、梨ヶ瀬さんに強引に連れてこられた警察署。待たされずいぶん話をさせられたけど、やはりすぐにどうこうという解決方法はなく……
また日を改めてここに来ることになった。どこの誰かもわからない、ただ毎日付きまとっているだけのあの男性にどう対応すればいいのか。
驚きなのは男性の写真を梨ヶ瀬さんがスマホに残していたことだけど。
「良かったんですかね、あれで? 私どうすればいいのかよく分からなくて」
「俺としてはあのストーカーに禁止命令くらいは出してほしかったけど、横井さんがそう望んでないんじゃあね」
結局私はストーカーの男性に対して付近の警戒を頼むことしかできなかった。もしそれだけであの男性がやめてくれれば、とこの時はまだ甘く考えていたのかもしれない。
けれど梨ヶ瀬さんはそんな私の意見を優先して、決してこうしろとは言わなかった。
「私、絶対梨ヶ瀬さんは口出しをしてくると思ってました。てっきり自分の意見をもっと押し付けてくる人だと……」
これから始まるであろう同居だってそう、眞杉さんと鷹尾さんの事も。いつだって梨ヶ瀬さんは物事を強引に進めてきたのに……
「まあね、横井さんに考えも尊重したいし。それに……君の安全が保障されるまでは、ずっと俺の部屋で暮らしてもらうつもりだしね?」
これも計画の内でした、と言わんばかりの梨ヶ瀬さんの笑顔に脱力してしまう。やはり早めに別の場所にアパートを探したほうがいいのかもしれない。
ご機嫌そうな梨ヶ瀬さんの隣を軽い頭痛を感じながらとぼとぼと歩いていくしかなかった。