唇を濡らす冷めない熱
「……で、どうして梨ヶ瀬さんが私の部屋のソファーで寛いでるんです?」
チェストから次々に服を出しては、黒のボストンバックに詰めていく。玄関近くに置かれたスーツケースには仕事用のスーツやノートパソコンなどをぎゅうぎゅうに入れておいた。
……私になかではまだ数日は準備する時間をもらえると思ってたのに、梨ヶ瀬さんは警察署からそのまま私のアパートの部屋にまでついてきたのだ。
「別に寛ぎたいわけじゃない、横井さんが俺には何も手伝わせてくれないんでしょ?」
そう言って立ち上がると、梨ヶ瀬さんは私のそばに寄ってきて荷物に手を出そうとする。その手をパンと叩き落として、私はまた作業を再開した。こうやって何度も邪魔されるせいで全然進まないんだから。
「そういう意味じゃありません、何回同じことを言わせるんですか? 私が言いたいのは……」
「荷物は自分でまとめられるから俺がここで待っている必要はない、だよね? 何度も言うようだけど、俺は少なくともこの量の荷物を女性に一人で持たせるほど冷たい男じゃないつもりなんだ」
そう、先ほどから私と梨ヶ瀬さんは同じようなやり取りを繰り返し、彼にうまく丸め込まれてこの場に居座られている。梨ヶ瀬さんは何が何でも今日中に私を自分の部屋に連れていくつもりなのでしょうね。
「用意が出来たらタクシーを捕まえることだって出来ます。それなのに梨ヶ瀬さんがマンションを教えてくれないから……」
私が一人で行くことをどうやってでも阻止したいのか、彼は何度聞いても自分の住所を教えてくれなくて。そんな梨ヶ瀬さんとの会話でどうしても優位に立てなくてイライラしてしまう。