唇を濡らす冷めない熱
「ごめんね、勝手に見ちゃって。けれど、もしかしたらあのストーカーの情報が得られるかなと思って」
「そう……ですか」
さっきまでの怒りもすっかり萎んでしまい、私は自分の両腕をさすってその震えを誤魔化した。正直、梨ヶ瀬さんに平気な顔をして返事が出来ているのかも分からない。
こんなに前からこうして付きまとわれていたなんて、今まで無事でいれて運が良かったのかもしれない。
「……今、君に教えるべきじゃなかったね。荷物、残ってる分は俺がやろうか?」
「いえ、平気です。すみません、すぐに終わらせますから」
残った荷物をボストンバックに詰め込み終えると、私は立ち上がりそれを玄関へと運ぼうとする。けれどバッグはあっさりと梨ヶ瀬さんに奪われ代わりに彼の通勤鞄を渡された。
先に玄関に置いていたスーツケースも彼が片手で持つと、そのまま玄関を開けてこちらを振り返る。
「この荷物は俺が持って降りるから、横井さんはきちんと戸締りをしておいで?」
「でも、そんな重いもの二つも……って、人の話を全然聞いてくれないし」
自分の言う事だけ言ってさっさと部屋を出て行ってしまった梨ヶ瀬さん、それが彼の優しさだとは分かっているけれどどうも素直に甘える気にはなれない。
相性が悪いとか気が合わないとかいろいろ理由はあるけれど、私はあのわざと話をずらしているような狡猾なところが苦手。
私はもう一度しっかりと戸締りを確認し、玄関の鍵を閉め階段を降りて行った。