唇を濡らす冷めない熱
「横井さん、明後日までにこれお願いしていいかな?」
横から手が伸びてきて、デスクの端に数枚の束ねられた書類が置かれた。きっといつも仕事を頼んでくる男性社員だと思いそのままの状態で応える。
「あ、はい。明後日ですね、分かりました」
先程の出来事を頭の片隅に残したまま、渡された仕事と睨めっこしている。あの私の言葉を聞いて梨ヶ瀬さんはどう思っただろう、不快な気持ちにさせてしまったかもしれない。
別に彼から好かれたいという気持ちは無いけれど、さっきの発言はやはり良くはなかったしすぐに謝らなかったのもまずかった。
「……どうしたほうがいいかな?」
今からでも謝っておいた方がいいのかもしれない、そうは思うのだけど……さっきから書類とパソコンを交互に見つめて唸ってばかり。
「俺が頼んだ仕事、そんなに難しい内容だった?」
「え? あっ、梨ヶ瀬さ……課長」
いつの間にか私の席の斜め後ろに立っていた梨ヶ瀬さん、私に近付き過ぎない程度の距離でパソコンを覗き込んでいる。それでも彼が傍にいると思うと何となく緊張してしまう気がした。
それにしても俺が頼んだ書類って……?
「ああ、横井さんはこっちを見もしなかったからね。君はそんなに俺の事が嫌?」
彼は少しも感情のこもらない声と笑わないその瞳のままで、そうやって私に問いかける。