唇を濡らす冷めない熱
「まあ、冗談はこれくらいにして。簡単に部屋の説明をするから、ついてきて?」
そう言われて慌てて梨ヶ瀬さんの後を追う、大きな荷物を二つも持っているくせに彼はさっさと廊下を進んでいく。大き目の扉を開ければそこは広いリビングで、大きなテレビに座り心地の良さそうなソファー。
大きな観葉植物まで置かれて男性の一人暮らしとは思えない。カウンターキッチンもお洒落だが、赴任したばかりだからかあまり使用された形跡はない。
「リビングやキッチンは好きに使って。後こっちが浴室とトイレだけど、風呂を使う時はさすがに声をかけて欲しいかな」
「分かりました。一緒に暮らす間はリビングとキッチン、お風呂とトイレの掃除は私にさせてください」
ただで住まわせてもらうつもりはないが、出来る事はやっておきたい。いつ解決するかも分からない今、梨ヶ瀬さんに借りを作ってばかりはいられないし。
そんな私の考えを読んでいるかのように、梨ヶ瀬さんは楽しそうに笑う。
「そんなの気にしなくて良いのに、後で何倍にもして返してもらおうと思ってたのになあ」
ほら、みなさいよ! 梨ヶ瀬さんの考えそうなことだわ。いい人そうな発言でこちらを油断させてくるが、しっかりと先の事まで計算している。
素直に彼の言葉に甘えていたら、終わり頃にはどんな要求をされるか分かったもんじゃない。
「いいえ、家の事でして欲しいことがあれば遠慮なく言ってください。家の事で、ですよ」
「……こんな時でも横井さんは隙が無いね」
しっかりハッキリと釘を刺せば、梨ヶ瀬さんはちょっと拗ねたようにそう言ってため息をつく。本当にもう、この人はいったい何を考えてるんだか。