唇を濡らす冷めない熱
「ねえ、本当に私たちが出勤まで一緒にする必要はあります? どう考えても誰かに見つかって、会社で噂の的になる未来しか想像出来ないんですけど」
何度説得しても行き帰りは二人一緒だと譲らない梨ヶ瀬さんに、思いきり嫌そうな顔を隠しもせずについていく。今はまだマンションの最寄り駅だからいい、これが会社の近くになればそうはいかないはずだ。
別にうちの会社は社内恋愛を禁止しているわけじゃない、だからと言って付き合ってもないのに面白おかしく話題にされるのは嫌。
「君のストーカーが夜しか活動しないならいいんだけどね。横井さんには俺がずっとついているって、あの男に分からせないと意味がない。そのために君が協力するのは当然でしょ?」
「……もうそれ聞き飽きました。出来るだけ協力はしますが、梨ヶ瀬さんも少しくらい私の立場を考えてくれたっていいのに」
本社から支社に課長として来たばかりの梨ヶ瀬さんは、その柔らかな物腰とスマートな容姿も手伝って女子社員の注目の的だったりする。そんな赴任してすぐの彼が私のような女子社員に必要以上にそばに居れば目立つし、お互いに悪い意味で見られる可能性がある。
それなのに……
「もちろん考えてるよ、考えたうえで妥協できない事だけ君に頼んでる。俺はあのストーカーに横井さんを少しだって近づけたくないんだ」