唇を濡らす冷めない熱
上手く返す言葉が見つからない、何も答えられないまま駅の改札を過ぎて丁度停車していた車両へと乗り込む。
車両の中心でつり革を持った瞬間、梨ヶ瀬さんの雰囲気がピリッとしたものに変わる。ドアの方から私を隠すように動いた梨ヶ瀬さん、つまり……
「また、ついて来てるんですか……?」
「ん、ちょっと我慢してて。もしかしたら気付かないで出ていくかも」
梨ヶ瀬さんは私の方を見ようともしない、真剣にストーカーの動向を窺っている。黙って見ていると彼の背中はかなり広い、それに守られてるって感じが妙に擽ったい。
……あーあ、どんどんこの人の事を嫌いになれなくなっていく。苦手だ、相性が悪いと誤魔化せる間はそう長くないのかも。
「こういうの、カッコいい人がするとやはり違いますね。なんというか……」
「ちょっとはトキめいたりしてくれた?」
すぐ調子に乗った発言をするのも梨ヶ瀬さんらしい。こうやって本気なのか分からなかったり真面目だったり。気付いたらしっかり彼に振り回されちゃってるし。
「今はストーカーに集中してください、しっかりと」
「……先に言い出したのは横井さんなのにね?」
でも、もうしばらくはこのままの関係でいたい。まだ、私には恋なんてする勇気は無いから。