唇を濡らす冷めない熱
「残念、気付かれちゃったな」
ふう、と困ったように溜息を吐いた梨ヶ瀬さん。場所を変えさっきよりも二人の距離を詰めた彼の吐息が微かに耳にかかる。それ、苦手だからやめて欲しいんだけど……
「じゃあ隠れても仕方ないですね、もう離れてもらえますか?」
丁度良いと思って梨ヶ瀬さんから離れようとすると、すぐに腕を掴まれる。意外と強い力で掴まれていて、そのまま動こうとすることも出来ない。
「何なんです? 別にちょっとくらい離れても問題ないでしょう?」
「そうじゃない、アイツ、様子がおかしい。それに……」
ストーカーの男性を見ると確かにその表情はおかしかった、今にも泣きそうな苦しそうな……そんな目でこちらを見て いる。
それに彼もそばに立っている若い女性が、一生懸命男性に話しかけている様子が窺えた。
「……何でしょうか、あの二人って?」
「さあね、でも次の降車駅で分かるんだろうね」
窓の外は見慣れた景色、いつの間にか電車は私たちの最寄り駅へ。電車の扉が開くと男女はそそくさと車両から降りて行った。
その様子を見ていた私も少し緊張しながら、梨ヶ瀬さんと一緒に外に出た。
いつも通り改札を抜けて帰路に着こうとしたが、やはりそうはいかなかったようで。
「あの、横井 麗奈さんですよね? すみません。少しお時間を頂けないでしょうか……」
私と梨ヶ瀬さんの進行方向を塞ぐように、ストーカーの男性と連れの女性が立って話しかけてきた。