唇を濡らす冷めない熱
「……なっ、梨ヶ瀬さんが何か裏工作したんでしょう!?」
その話を聞いてすぐにそう思った、この人ならそのくらい簡単にやってのけそうだもの。
長松主任の仕事のほとんどを引き継いだとはいえ、まだ経験の浅い私が課長のサポートに選ばれるなんてありえない!
それにこんな大事な話を電話でなんて……そう思って疑いの目を梨ヶ瀬さんに向ける。
「心配しなくても来週にはきちんと横井さんにも話があるよ。それに裏工作だなんて人聞き悪いな、上司との会話で君が補佐向きだと少ーし話しただけだよ?」
「してるじゃないですか、裏工作を思いっきり!」
少し話しただけというのも怪しいもんだわ、こんなことまで予想して上司と会話をしている梨ヶ瀬さんが怖い。
しかも来週って、今日はもう金曜日で月曜日はすぐに来てしまう。
「冗談じゃないわ、今から会社に戻って部長にちゃんと話を……っ!」
梨ヶ瀬さん程の能力があれば私がサポートしなくても十分仕事はこなせるはずだ。何なら他の女子社員を補佐にしてもらっても構わない。
私は今来た道を急いで戻ろうとするが……
「諦めなよ、横井さん。一度決まったことを今さら横井さんの我儘で変えてもらえるわけないでしょ?」
「我儘なのは私ではなく梨ヶ瀬さんですっ!」
正しいことを言っているのは私のはずなのに、どうしてこうも彼のペースに巻き込まれてしまうのか。
このままでは全部梨ヶ瀬さんの思い通りになる、そんなの絶対に嫌だ。そう思ったその時、今度はさっきとは違う着信音が流れてきた。