惡ガキノ蕾 二幕
    ~H31.4.29 (月) 双葉からのお誘い~
 翌朝。
 この日あたしがはっきりとしない寝惚け眼《まなこ》で最初に見た物は、きれいに畳まれた凜の布団。二番目が、鏡に映る寝癖と涎《よだれ》の跡を残す、高いレベルでの仕上がりを見せる見慣れた不細工だった。
 顔を洗って一階に降りて行く、店の中にはカウンタ―に座る双葉と調理場で忙しく立ち回る凜の姿があった。あたしに気付いて顔を向けた双葉の幾分ゆったり目の瞬きを見て、大体の今朝の流れが頭に浮かぶ。
 昨日から一睡もしていない筈のオンボロ時計が打つ六時半の鐘に、早朝の気遣いは無い。ガスレンジの前、その視線をフライパンの中に注いでいて、未だあたしに気付かない凜。
「五時半位だったかなぁ…。『朝ご飯作らせて貰えませんか?』って…。そんな事に気を遣わなくてもいいよとは言ったんだけどね」
 そう話す双葉の苦笑いは、朝ご飯を作って貰う事が凜の気持ちを軽くする事を充分に分かっている優しい物だった。
 ──10分後。座敷には食卓を囲むあたし達三人の姿が在った。窓の外からはカ―テンの隙間を縫って届く朝日と鳥達のピヨ端会議。そんな中、何時もより多目の朝食を口にして、コ―ヒ―カップを離した双葉の口から、カフェインたっぷりの台詞が流れ出してあたしの心臓に過分な負担を強いるのだった。
「征十郎にね、明日からなんだけど、別荘に泊まり掛けで遊びに来ないかって誘われてんだけど…」
「ヴゴッフ!?」スクランブルエッグをつつく手が停止して、食欲のバロメ―タ―がだだ下がって行く。
「えっ!?それって、私も行っていいんですか?」
あたしとは真逆に、モチベ―ションのバロメ―タ―がアゲアゲになる凜。
 "征十郎の別荘"このワ―ドから、悪魔城・化け物屋敷的な物以外のどんな場所を連想したら、この娘はこんなに明るい声が出せるんだろう。この先の展開がぼんやりと頭に浮かんで来て、はっきりと具合が悪くなるあたし。
「当たり前だろ。三人で行くって返事しといたし」
「ヴギャンッ!!」
 三人の中にあたしも含まれている事は茲《ここ》に至って疑い様も無く、あたしは無邪気に燥《はしゃ》ぐ凜の隣で、休みの間中ゴロゴロしてグダグダして、ただただ自堕落にダラダラと過ごす計画がガラガラと崩れていく音を聞いていた。は―こりゃこりゃ。
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