二人
二人
「馬鹿っ!!なんが大丈夫ねっ!!京香、泣いとるやん……泥だらけやんね……」

 後ずさる京香の腕を引っ張り自分の方へと引き寄せた奏音が優しく京香を抱きしめた。

「だってぇ……だってぇ……うわぁぁぁ」

 奏音に抱きしめられながら、大声で泣き続ける京香の頭を、奏音がわしわしっと乱暴に撫でている。奏音の腕の中で震えながら泣いている京香を少し離れた公園の屋根のあるベンチへと連れていき座らせた。

 そして奏音も京香の隣に座ると鞄の中からタオルを取り出し、顔や髪に着いている泥をゆっくりと優しく拭いとってやる。

 太めの眉、泣き腫らし真っ赤になっている大きな瞳、少しふっくらとした柔らかな頬。ぷるんとした愛らしい唇。

 それら全てが愛おしい。

 奏音の掌が拭き終わった京香の頬をそっと包み込む。雨に打たれていたせいか冷えている頬。京香は奏音の顔から目を逸らして俯いている。

「何があったん、話してよ」

「……」

 奏音の問いかけに俯いたまま何も話そうとしない京香に顔を近付ける奏音が縋るような目で見つめている。

「京香……お願いやけん……」

 奏音の声が震えている。

「私……奏音に頼りすぎていたから……甘えないって……決めたのに……強がって……大丈夫っち言ったくせに……ずぶ濡れになって……泥だらけになって……それで……それで……奏音の事ば考えとったら……」

「……」

「奏音に彼氏が出来たから、もう……一緒に帰れん……一緒におれんっち思ったら……胸が……苦しくて……とても痛くて……」

 俯いたまま、ぽつりぽつりと話す京香は、またぐすぐすっと鼻を啜らせ、泣き出しそうになっている。

 寂しかったのは自分だけではなかった。

 京香も寂しかったんだ……それを私が心配するからだろうと必死で抑えて、そして笑って……

 奏音は京香の気持を考えると、胸の奥が締め付けられてくる。早く誤解を解かなければ……そう思った奏音は京香の頬から手を離し、そして、今度は両肩を掴んだ。京香がびくりとする。

「はぁ?うち、彼氏なんか出来とらんし、作るつもりなかし」

「だってぇ……河原と一緒に……帰りよったやん……二人で……相合傘して」

「あぁ……あれは、傘ば忘れたあいつば部室まで送っただけやし、だいぶ前に、きちんと付き合えんって断ったんよ」

 俯いていた京香が顔を上げ、驚いた表情をして奏音を見ている。大きな目をさらにこぼれ落ちそうなくらいに開いて。

「ほんと……?」

「なんで嘘つかんといかん?」

「また一緒に帰れるん?一緒にいてくれるん?」

「当たり前やんね……ずっと一緒に帰るし、一緒にいてやれるし」

 先程まで泣いていたのが嘘の様に、満面の喜色を湛えた笑顔を見せた。その笑顔は花の様に可憐で、思わず奏音は見蕩れてしまう。こんなに、こんなにも京香の笑顔が素敵だったなんて……胸の奥が熱くなる。

 そんな京香の笑顔に見蕩れていた奏音。思わず京香のぷるんとした唇に自分の唇を重ねた。

「……!!」

 つい勢いで……焦った奏音はばっと顔を離して京香の方を見た。突然キスをされた京香は人差し指と中指で自分の唇を触り、固まってしまっていた。
 
「ご……ごめん」

 無意識にキスをしてしまった自分の行為に驚き、少し京香から距離を取った。すると、その離れた距離の分だけ京香が詰めて来る。

「謝らんで……びっくりしたけど、私は嫌じゃなかったよ……嬉しかったよ」

 京香が奏音の両手を握り、自分の指を奏音の指へと絡めていく。奏音もそれに応える様に指を絡めた。見つめ合う二人。京香がまたふわりと笑った。

「ねぇ……奏音。もう一度、今度はきちんとして……」

 瞼を閉じる京香。奏音はゆっくりと顔を近付けると、その柔らかな唇に自分の唇を重ねた。

 激しく降っていた雨は小ぶりとなり、ベンチの屋根へと優しく降り注いでいる。誰もいない公園は二人のために時間を止めてくれている様だった。
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