アネモネ
そっと、開いているドアの隙間から部屋の中を覗

く。ベッドの上で知らない女としている男はよく

知っている私の彼だ。女を抱きしめている彼の顔

はまるで愛おしものを見るようで、とても幸せそ

うで、私の胸がズキズキと痛む。

浮気してたんだ、彼は。いつからかな、全然気づ

かなかったなーなんて考えながら、私は音を立て

ないように玄関に向かった。ドアを開けて、何か

言ってやればよかったのかもしれない、最低とか

クズとかそー罵って責めてしまえば少しはスカッ

とするかもしれない。でも、できなかった。

私が何度も彼と過ごしたあのベットの上で、私は

愛されてると実感していたけど、もう私じゃない

んだ。彼が抱きしめたいのも、キスしたのも、一

緒にいたいと思うのも、あの子の特権になっちゃ

ったんだ。

ドアを開けて、彼の家を出た。そして、合鍵をポ

ストに入れる。

「バイバイ、たくま」

ザアっという激しい雨の後が、私の耳に残った。
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