双子の兄の身代わりになった妹の人生【短編】
「あの、はじめまして!エミリーと申します殿下」
 あまり作法を知らない男爵令嬢としてふるまう。
 本来であれば、殿下と呼ばれる人物、明らかに格上である者に対して話しかけることなど無作法もいいところだ。
 こういう作法知らずの態度や、エミリオに施してもらったメイクで、レイシアとは明らかに別人に見えるはずだ。
「エミリー、彼は、その」
「レイス様のお知り合いの方ですか?よかったです。ルビー王国で知らない人ばかりだと不安だけれど、一人でも知っている方がいて」
 ニコニコと無知を装って言葉を続ける。
 アンドリュー様は無礼だなともおっしゃらず、ただ、唖然として私の顔を見ていた。
 似てると言われたけれど、似てないはずだ。怪しまれてないはずだ。
 それなのになぜ、凝視されるのか。
「はじめまして、エミリー嬢。僕はリュー。リューと呼んでくれ」
 ぎゅっと心臓が締め付けられた。
 アンドリュー様……。婚約者だったアンドリュー様と二人きりの時によく言われた言葉だ。
 二人でいるときはリューと呼んでくれ、シア……と。
 恥ずかしくて私は、シアと呼ばれるたびにうつむいてしまい、ずっとリューと呼ぶことはできなかった。
「レイス様、先ほど殿下と呼んでいらっしゃったでしょう?私がリュー様と呼んでも構いませんの?」
 エミリーならそう言うだろうと思ってエミリオに顔を向ける。
「ああ、やはりだ。似ている……。話し方も仕草も。なぁ、レイス……お前もそう思うだろう?」
 しまった。
 無礼で失礼で無知なエミリーを演じているつもりだったけれど、お兄様に対するようにすればいいと言われていたので、細かい話癖や仕草まで変えるなんてことはできていない。
 他人ならまだしも、5年間婚約者として頻繁に会っていたアンドリュー様には分かってしまうのかもしれない。
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