あなたのためには泣きません
ランチメニューはこれもまた職権乱用して、近くのカフェから運んでもらったものだそうだ。
本当はお酒でも飲みながらしゃべりたいけど、とにかく私も涼香ちゃんも忙しい。

せめて私を慰めるように、こんな演出をしてくれたのだ。
容姿の美しい人は心も美しい。
あ、でも佐川さんは別。いじわるだ。
と、思いながら温かいほうれん草のスープを飲んだ。

私は山中さんとのことを報告しながら、佐川さんとのことも話をした。

「佐川さんに言われたの。欲しいものをちゃんと言わなかった自分が悪いって」

「佐川さんって、あの佐川さん?」
「たぶん、その佐川さん」

「私、わからなかった。2年の片想いの中、どこで自分の気持ちを伝えればよかったのか。
山中さんばっかり見てたのに、山中さんしかみてなかったのに、わからなかった」

そういうと、細く切った人参を噛んだ。じんわりと甘い。

「那智は、山中さんを見すぎてて、自分をみてなかったのね。自分より山中さんの気持ちばっかり考えてた」

そうなんだろうか。

「もっと、上手な人なら、ちゃんとしたタイミングで、気持ち伝えられてたのかなぁ。例えば、佐川さんとか」

というと、左手の薬指にバンクリーフアンドアーペルの婚約指輪をはめた手でチョコブラウニーをつまんでいる涼香ちゃんは

「佐川さんって、仕事についてはすごいけど、恋愛については割と下手だと思うよ」

と言った。な、なぜそれを涼香ちゃんが!?

「私S女出身でしょ?結構ね、周りから佐川さんと付き合ったとか、友達が付き合ったとか話きくのよ。」

こ、怖い!女子高ネットワーク!
ちなみに涼香ちゃんの同級生はCAや、出版社、アナウンサーまでと、とにかく華やかだ。

「なんていうのかなぁ。来るもの拒まずさるもの追わずって感じだけど、いいようにあしらっとくの下手みたいで。ちゃんと付き合えないってわかったらすぐわかれるけど、二股とかはないタイプ」

「そうなんだ、、、、」

「それでいうと、市井さんの方が恐ろしいわよ。言ってること半分嘘だしね。同時進行3人とか、けっこうやってるみたいよ」

私は持っていた人参をぽろりと落とした。

「ま、まさか!?」

あの柔和な、人当たりのよい、面倒見のよい市井さんが!?

「那智、人は見かけによらないわ。私が空手初段だって、誰も思わないでしょ?」

そうなのだ。このモデル級のスタイルと女優のような顔を持つ同期は、小さいころからその容姿故に、護身術を習わされた。
彼女の努力家な性格と、はまると極めたくなる精神により、空手初段で、瓦とか素手で割っちゃう。
バンクリのはまっていない右手の拳は変形してしまっている。

そうだね。確かに。

私はしみじみとしながら、茹でたオクラをかみしめた。
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