あなたのためには泣きません
那智がプレゼンテーションをしている壇上を眺めながら、尊は不思議でしかたがなかった。

こんなプレゼンができる営業マンが、どうして2年も不毛な片想いをした上に玉砕するのか。
ボロボロと報われない涙を流しながら、肩を震わせるのか。

「愛を感じるよねぇ。那智ちゃんの、山中さんへのさ」

と、いつのまにか那智ちゃんと呼ぶようになった修一郎が隣でささやくと、その横で後輩の佐賀が

「俺、この資料、学士論文かと思いました」

と言う。

「あいつ、どこの営業マンだよ。SHC寄りすぎだろ」
と言ってはみたものの、非の打ち所がないプレゼンだった。

発表を終えると、鉄の女と呼ばれている営業部長 三瀬(みせ)かすみ が

「滝沢さん、よかったわ。どう考えても、このSHCの部品を使うことで、効率化と高速化が図れることは間違いない。よく研究されている。あなたが、先方と深い理解でコミュニケーションしてきたことがわかるわ。ぜひ、導入しましょう」

と言った。

それをきいた那智の顔は、忘れがたいほど多幸感にあふれていた。

時刻は16時半、役員会議が終わった。
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