あなたのためには泣きません
「おはよう!那智!」

後ろから鈴のように美しい声が聞こえてきた。

「涼香ちゃん!おはよう。」

涼香ちゃんは私の同期で、秘書課というとても華やかな部署にいる。
胸元まである茶色い髪は、今朝美容室に行ってきたのかと思われるような艶を放っていた。
そんな彼女の靴は、今日も8センチはあるかと思われる漆黒のルブタンだ。

「あー。那智、素敵な靴履いてる!今日SHCに行く日だっけ?」

「しっ!涼香ちゃん、声が大きいよ!」

私はあわてて言う。

「ごめん、ごめん。山中さんに会える日なのね」

「ふふふ。そうなんだよ」

山中さんの名前が出ただけで、うれしくてつい頬が緩む。
SHCとは私が担当している取引先名で、山中さんとはそこの技術担当者で
私の片思いの相手だ。

山中さんはとても背が高い。
私とて160センチあって、決して女性としては低いわけではないけれど、山中さんは185センチはあるんじゃないかと思う。
そして、笑顔がとても素敵。
優しく笑う微笑みから、爆笑まで、顔全体で喜びを表現する。
私は山中さんの笑顔が大好きだ。
そんな彼の顔を少しでも近くで見たくて、たった5センチだけれど、山中さんに会える日だけは背伸びをしてみる。

たった5センチの距離。

もちろん本人に伝えるわけではないし、涼香ちゃん以外に私がヒールを履く知る人はいない。

「もう、那智ったら。もう2年でしょ?そろそろ告白したら?」

涼香ちゃんがきれいな眉をしかめて言う。

「え!?そんな!無理だよ!」

「どうしてよ?那智かわいいし、いい子だし。告白されて困る人なんていないでしょ?」

・・・・モデルのような容姿をした涼香ちゃんに言われてもなんの説得力もない。
今も、同じ会社へ向かう人混みの中から

「あ!涼香ちゃんだ 今日も綺麗だなぁ」とか
「お!朝から涼香嬢見られてラッキー!」とか

賞賛の声が聞こえてくる。
涼香ちゃんにとっては鳥のさえずりくらいにしか聞こえないのか、顔色も変えなければ、愛想笑いを返すこともない。
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