あなたのためには泣きません
思ってみなかった距離感になんだか気づまりになってしまった私は

「と。いうわけで。終わりました」

と、わざと明るく言ってみる。

「いいの?それで」

ときく佐川さんに

「はい。もうここまで隠してきた思いですから、このまま墓場まで持っていきます」

と、言いながら、また私の頬に涙がつたった。
笑おうと思ったのに、失敗してしまった。

私をみる佐川さんの顔が、不愉快そうに、痛そうにゆがめられる。
きっと、また馬鹿だって思われてるんだろう。
幼稚で、情けないって。
その通りだから、しょうがないけど。

部屋を出ようとするけれど、前には佐川さんが立ちはだかっていて通れない。

「おまえ、本当によく泣くよな。ガキみたいに」

という佐川さんにムッとする。
私だって、いつも泣いているわけじゃない。
たまたまそんなときに佐川さんに遭遇しているだけだ。

「普段は泣きません。けど、、、、確かによく泣いてるところをお見せしてますね。
私には、恋は向いてないみたいです。泣いてばかりで」

言うと、佐川さんが身動きし、左手は資料棚に、右手は窓辺についた。

私はまるで佐川さんの腕に囲まれるような態勢になり、より近くなった距離に戸惑う。

「あの、、、」

どいてくださいと言おうと顔を上げた私の頬に佐川さんの手が添えられる。
そして、親指を私の涙をぬぐった。

佐川さんの整った顔が、鼻が触れ合うような距離にまで迫ってきて、私は反射的に資料棚へ自分の背中をぎゅっと押し付けた。

そんな私に、佐川さんは余裕の笑みを浮かべながら

「恋愛ってさ、悲しくて泣くだけじゃねぇんだよ。お子さまのおまえにはわからねぇだろうけど」

と言い、右手を資料棚に移すと、一冊の資料を抜き出した。

からかわれたんだ!と分かった私は頬にカッと血が上るのがわかった。
恥ずかしい!

「ど、どうせ!私の恋は幼稚でしたよ!お子さまですよ!でも私は好きな人のためにしか泣きません!佐川さんのためには、絶対泣きません!」

と言って佐川さんに腕の合間を抜け出し、資料室を出た。資料室から走り去る那智の後ろ姿を見ながら、尊は大きく息を吐いた。

「やっべぇ、、、、」

と、ひとり声を出す。

キス、しそうになった。

涙を流しながら、それでも笑おうとする不器用な那智の顔を見ていると、
なぜか、背中から熱が登るようなおかしな感情がわいてきた。

泣かせたくないような、もっと泣かせたいような。
扇情的な、、、、

「冗談じゃねぇよ」

目をつぶって天井を仰いだ尊は、那智と山中の会話を聞いていたときに、自分の胸にチラッとよぎった感情に気づいて焦った。

あまりなじみのない感情
あまりにまっすぐ想う那智と
想われる山中に対する

「嫉妬」

尊はよぎった感情について深追いしないことにした。
< 20 / 22 >

この作品をシェア

pagetop